私は、スリナム内陸部の農村ディイタビキで生まれ育った。その村で、 私たちはマルーン※1 やスリナムの先住民のコミュニティのなかで暮らして いる。そこでは、人々が互いに手をさしのべ合い、農作業や日々の活動を 協力して行う。幼い頃、私は両親のために、午後や週末になると村中をま
わって農場で採れた食物やアサイージュースを売り歩いたものだ。
しかし、私が 9 歳のとき、両親は兄たちの進学のために、海岸沿いの平 野部への定住を決めた。パラマリボ、つまり都会に永住することにしたの だ。私たち子どもの将来のために諦めなくてはならなかった、安全、人々とのつながり、その他すべてを思うと、それは大きな犠牲を払ったと言える。 だから両親をがっかりさせないように、私は最大限に成長しようといつも 全力を尽くすようにしてきた。
サステナブルな教育というテーマは、社会において最も重要だ。農村部 ではいまだに教育や仕事、医療など、さまざまな機会を十分に得られない ため、人々は都市部で新たに尊厳ある生活を築こうと自分のコミュニティ を離れざるをえない。これは、パラマリボでの就職難といった問題も引き 起こす。仕事があっても、仕事量に見合う報酬が支払われないケースもある。途方に暮れた人々がやがて、悪質な行為に巻き込まれたり、インフォー マル・セクター※ 2 で生計を立てようとする。そこで、私は大学で社会学を 学び始めた。社会学者として不平等やさまざまな社会現象を研究し、社会のためになる政策につなげたいのだ。 私はずっと、国政のために働きたいと夢見てきた。ごく幼い頃、大統領はこれから起こすことを発表すれば、その通りになると思っていた。その ことに刺激された私は、国がどんな方向に進み、何を優先事項にするかを
決める、その手助けをしたいと考えたのだ。国の目標を達成するために、 どのように私たちの持つ資源を投入していくべきか? 子どもたちがなじ みある地域で、地域や世界全体の発展を夢見ながら、教育を受けられるよ うにすることは不可能ではない。
今、私は部族や先住民が暮らす地域の代表として、スリナムの国民議会 で働いている。国民議員として、奥地に住む人々が直面する問題を国家レ ベルで明らかにし、彼らが最善の解決策を見つけ出す手助けをしているのだ。
私の夢は、情報に基づいたインクルーシブな民主主義の世界を築くこと。 人々が実際にサステナブルな教育を受けられるようになり、最大限に能力 を発揮し、世の中の役に立つことができる、そんな世界を築きたい。
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