不 正 義 に 抗う勇 気

私は恵まれた立場でこの文章を書いています。まずはこのことを明らか にしておきます。11 歳のときに国を去り、カナダで生活していてエリトリ ア国民が経験している苦境をほんの少しも味わったことはありません。個 人的な目標を追求するために、エリトリア国内に残る人々から自分自身を 切り離したのです。しかし、できる限り謙虚な姿勢で、共感と思いやりの気持ちを込めてこの文章を書いています。

エリトリアでは今でも多くの命が失われ、大人や幼い子どもが自由と人権を求めて国外脱出を図っています。これはほとんど知られていません。 なぜなら海外に離散した私たちが、こうした不正義に目を向けようとしな いからです。生きて国外脱出できたエリトリア人たちは、どういうわけか同胞たちの困難に対して無関心になります。故国のイメージは美化される 一方で、ますます現実のありさまから遠ざかっていきます。私自身も、ご く最近まではこの問題に無関心なままでした。でもこのことを自覚してか らは、海外在住エリトリア人たちに、今も故国で暮らす同胞たちの権利のために闘わなければならないという意識を目覚めさせようとしてきまし た。「無関心と放置は、多くの場合、しばしばむき出しの嫌悪以上の傷を 負わせる」という J・K・ローリングの言葉が、私のなかで生きています。

1991 年の独立以来、エリトリアは独裁政権下にあります。イサイアス・ アフォルキ大統領は政治団体の結成を禁じ、選挙を廃止し、政府の各部門 を閉鎖することで、巧みに目的を果たしてきました。権力を監視する目は なく、国民は脅かされています。言論、表現、集会、信仰の自由は存在し ません。高校を卒業した者には、一生涯続く兵役が待っています。その上、政府は教育を厳しくコントロールしています。国民はずっと政府の管理下 で絶望を抱えながら停滞したままです。

故国に暮らす同胞の力になるためには、何ができるのか。その第一歩と して、私は本当の意味での教育が必要だと主張しました。これは、サスカ チュワン大学のアフリカ学生委員会会長としての私の大切な目標の一つで す。加えて、移民法の学位を取りたいと考えています。この問題に関する理解を深め、同胞の自由と権利を守り、次世代の人々が共感を持って行動を起こせるようにするためです。自分が恵まれた立場を生かして、声を 上げられない人たちの身に起こっている不正義を広く世界に訴える勇気を持ってほしい。未来の世代に、私はそう呼びかけたいのです。

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