「アート・シマツ」と美術館の脱炭素ーーアートに何ができるのか?

World Roadコラムは、各メンバーがグローバル・ローカル、様々なプロジェクトをする中で閃いたトピックを深掘りし、調査や公開情報、データ、事例などをまとめています

真っ白な壁に囲まれた展示室。

休日にゆったりと作品と向き合う時間は、慌ただしい日常を忘れさせてくれる、特別なひとときです。

けれど、その優雅で美しい空間の裏側には、膨大な労力とエネルギーが隠れています。作品の輸送、会場設営、印刷物の制作、空調や照明の管理、そして来場者の移動。展覧会は、さまざまな物資や人が行き交い、多くのエネルギーが消費される場でもあるのです。

アートセクターの温室効果ガス排出量は、他の産業と比べると決して大きいものではありません。しかも、その大半は美術館やイベントを訪れる観客の移動によるものだとされています。とはいえ、展覧会の運営そのものにも、環境負荷につながるさまざまな要素が存在します。

大規模な展覧会ともなれば、海外の美術館やコレクターから作品を借り受けることも珍しくありません。貴重な作品は厳重に梱包され、温度管理の行き届いた航空機で運ばれます。このとき使われる「クレート」と呼ばれる大型の木箱は、その1回の輸送のためだけに作られ、役目を終えると廃棄されてしまうことも少なくないといいます。そうして集まった作品は、美術館の徹底した温度や湿度、照明のもとで管理されます。

使い捨ての梱包材、企画展のたびに新たにつくられる展示壁、国際輸送と24時間365日の環境制御ーー美しい展覧会の裏側で生まれる廃棄物やエネルギー消費が課題となっていることは、あまり知られていないかもしれません。

もちろん、グローバル化するアートシーンにおいて移動や輸送の問題は避けがたく、また貴重な作品を後世に伝えるためには厳密な保管環境の管理も欠かせません。では、「美を守ること」と「環境を守ること」は、本当に相容れないのでしょうか?

そうした問いをもって調べてみると、アートの世界では面白い取り組みが少しずつ広がっていることがわかってきました。

「ハード」を変えるー美術館が変わる。世界が変わる。

カーボンニュートラルに挑むーーアーティゾン美術館の取り組み

2020年、東京・京橋に「アーティゾン美術館」が誕生しました。前身であるブリヂストン美術館から館名を改め、石橋財団が新たな建物で運営する私設美術館です。フランスの印象派を中心としたコレクションは、貴重な作品を多数有し、世界でも高い評価を得ています。

そのアーティゾン美術館では、アート界のサステナビリティという課題にいち早く向き合ってきました。

まず取り組んだのが、使い捨ての木製クレートの問題です。従来の木箱に替えて、独自に金属製の汎用クレートをヤマト運輸株式会社と共同開発し、同じ箱を繰り返し輸送に利用する仕組みを導入しました。それだけでなく太陽光パネルの設置や、展示資材の再利用といった対策で、カーボンニュートラルを目指しています。

更に注目したいのが、建物そのものへのアプローチです。美術館とリサーチセンターは、米国グリーンビルディング協会による国際的な環境性能認証「LEED®」のGoldを取得しています。

美術館という建物自体や、資材といったハードそのものを変革し、アートの業界が抱える構造的な問題に取り組んでいるのです。

アーティストと環境危機に向き合うーー森美術館の展覧会

東京・六本木の森美術館では2023年、「私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために」と題した展覧会を開催しました。環境危機をテーマとしたこの展覧会は、内容だけでなく、その「つくり方」にもサステナビリティへの意識が向けられていました。

「私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために」森美術館(東京)2023-2024年

以前の展示で使用した展示壁を再利用したり、海外から作品を輸送する代わりに、アーティストが来日して新作を制作する「現地制作」の取り組みを行ったりと、展覧会の在り方そのものをアーティストとともに問い直す試みが随所に見られました。

展示風景:「私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために」森美術館(東京)2023-2024年
撮影:木奥惠三
画像提供:森美術館

なかでも印象的だったのが、スウェーデン人アーティスト、ニナ・カネルの《マッスル・メモリー(5トン)》は、北海道から大量に送られてきたホタテ貝の貝殻が床一面に敷き詰められ、来場者はその貝殻の上を歩くことができる作品です。貝殻を踏み、足の裏に伝わる感触、踏みしめるたびに響く音。そうして少しずつ砕かれて粉々になった貝殻は、展覧会後に建築材料を製造する会社へと引き取られました。体験することが、そのまま循環の一部になる、そんな仕掛けが、訪れた人々にエコロジーへの問いを静かに手渡したように思います。

ニナ・カネル
《マッスル・メモリー(5トン)》
2023年
Courtesy: Barbara Wien, Berlin; kaufmann repetto, Milan and New York
展示風景:「私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために」森美術館(東京)2023-2024年
撮影:Robin Watkins

アートを届けるための「当たり前」を疑い、少しずつ変えていこうとする動きが、アートの世界でも確かに進んでいます。

「ソフト」を変えるーー森村泰昌氏が提唱する「アート・シマツ」とは

森村泰昌氏は、現代アートの世界で長く活躍してきたアーティストです。その森村氏は2023年に「アート・シマツ」という、少し変わったプロジェクトを立ち上げました。

きっかけは、2022年に京都市京セラ美術館で開催した大規模個展「森村泰昌:ワタシの迷宮劇場」で使われた大量のカーテンでした。展覧会が終われば、その多くは役目を失います。しかし森村氏はそのカーテンを譲り受け、「ほぼ日刊イトイ新聞」とタッグを組み、舞台衣装や、バッグ、Zineといった1点物の作品や日用品へと生まれ変わらせたのです。

「アート・シマツーー展覧会の後始末計画」

https://www.1101.com/n/s/art-shimatsu_morimura/index.html

「京都市京セラ美術館開館1周年記念展 森村泰昌:ワタシの迷宮劇場」 展示風景
撮影:三吉史高

プロジェクトに賛同したデザイナーやアーティスト、漫画家といった多様なクリエイターたちが、それぞれの想像力でカーテンを新たな姿へ作り替えました。このクリエイティブな試みを「シマツ(始末)」という言葉に託したのです。こうして生まれ変わったものたちは、「アート・シマツの極意展」と題された展覧会で展示、販売されました。

「始末の極意」という落語作品からも着想を得てつけられたという、プロジェクトタイトル「アート・シマツ」。使わなくなってしまったものをただ捨てるのではなく、楽しんで最後まで使おうとする森村氏の哲学がよく表れています。

ACCJによる森村泰昌氏インタビューの様子
撮影:福永一夫

プロジェクトの詳細や、ACCJによるインタビュー記事もありますので、興味のある方はぜひご覧ください。

「アート・シマツの極意」展

https://www.1101.com/hobonichiyobi/exhibition/5665.html

「ACCJインタビューシリーズ vol.5 危機には使命感よりおもしろさを――美術家・森村泰昌による「アート・シマツ」」

https://accj.a-i-t.net/articles/ACCJinterview_vol5

昔、近江商人が使っていた「始末」という言葉には、単なる節約とは異なる意味が込められていたといいます。ものの価値を見極め、その命を最後まで使い切ることで、新しい価値を生みだす、それはとてもクリエイティブな行為です。そんな言葉の意味を体現するようなアーティストの活動でした。

点から面へーー業界全体で挑むスタンダード作りのムーブメント

このようにアートの世界では、問題意識を持った人々はそれぞれ活動をはじめています。

そんな個人や個別の取り組みをつなぎ、ムーブメントへと育てていこうとする動きもでてきています。

その一つが、NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]が運営する、「アート・クライメイト・コレクティヴ・ジャパン (ACCJ)」です。ロンドン発の非営利団体「Gallery Climate Coalition(GCC)」の取り組みにヒントを得て、彼らと意見交換の機会を持ちながら、日本のアート業界における気候危機への意識向上に力を入れています。

アート・クライメイト・コレクティヴ・ジャパン

https://accj.a-i-t.net

Gallery Climate Coalition(GCC)

https://galleryclimatecoalition.org

※GCCは気候危機の認識を高めること、アート業界として責任のある行動を取ること、業界を超えた協力の機会、そして人々に影響を与え創造的な解決策を提供するアートの力を提唱する国際的なネットワーク。2020年に設立。

ACCJウェブサイト

GCCが英語で発行しているアートセクター向けの「脱炭素アクションプラン」や「梱包マニュアル」の日本語版を提供するほか、国内のアートセクターにおける取り組み事例を紹介するなど、現場で使えるツールと情報を届ける活動を続けています。

またACCJは2023年から継続的に、アートセクターのプレーヤーとともに学びあう、気候危機とアートの勉強会「Green Study Meeting」やシンポジウムを実施してきました。そして、2026年2月末には、国立アートリサーチセンター(NCAR)、公益財団法人日本博物館協会、ICOM日本委員会、独立行政法人国立文化財機構 東京文化財研究所とAITが共同で「NCARシンポジウム006 ミュージアムと気候変動 ―サステナブルな未来に向けて」を開催。規模や背景の異なる全国各地の美術館が気候変動問題に対して今後どのように取り組んでいくべきなのか、国際的な動向を交え、議論が行われました。

将来のアート界のサステナビリティにおけるスタンダードを考えようとする取り組みが日本国内でもはじまっているのです。

「NCARシンポジウム006 ミュージアムと気候変動 ―サステナブルな未来に向けて」

https://ncar.artmuseums.go.jp/events/other/post2026-2971.html

アートから日常へー「始末」を楽しむ生活へのヒント

美術館やアーティストの話は、自分の生活とは遠くかけ離れた世界のようにも感じるかもしれません。しかし、今回みてきた事例には、私たちの生活へのヒントもたくさん隠されていました。

ネットで届いた荷物の梱包材をとっておいて、次の発送に再利用してみる。壊れた器を捨てる前に、直して使えないかな、と考えてみる。「アート・シマツ」の考え方は、実はそんな小さな生活の工夫と、とても近いところにあるように思います。

このように、「シマツ(始末)」を楽しむ人が増えていけば、何でも使い捨てにすることを「かっこ悪い」と感じ、長く使うことを「粋」だと感じるーーそんな意識の変化が、少しずつ広がっていくかもしれません。

未来に向けてアートは何ができるのか?

環境問題に、これが正解という答えがあるわけではありません。アートの世界でも同じです。それでも、自分たちの業界の構造的な問題と向き合い、試行錯誤しながら、その姿勢を発信し続けているアーティストや美術館があります。

こうした面白い取り組みは、これからも増えていくでしょう。

展覧会を訪れたとき、作品の美しさや新たな視点と同時に、その裏側にある問いを受け取ってみる。そしてそれを、自分の生活や選択に引き寄せて、自分事として考えてみる。それもまた、私たちがこれからの環境に対してできることなのかもしれません。


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CSO・サステナビリティ代行/代表 https://www.worldroad.org/cso
World Road : https://www.worldroad.org/

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