人的資本経営の視点ーーコストから「投資」へ。スポーツが変える、組織のウェルビーイングと企業価値

WorldRoadコラムは、各メンバーがグローバル・ローカル、様々なプロジェクトをする中で閃いたトピックを深掘りし、調査や公開情報、データ、事例などをまとめています

ESG経営や人的資本経営の観点から、健康やウェルビーイングへの投資に対する注目度が高まっています。 一方で、「従業員の運動支援」を、まだ”コスト”として捉えている企業も少なくないのではないでしょうか。

日本企業において、健康施策は長らく福利厚生費として扱われてきました。そのため、ひとたび業績が悪化すると削減対象になりやすい領域でもありました。 

しかし、この認識は経営の最前線で根本から見直されはじめています。

従業員が「動く」会社はデータが示す通り、離職率が下がり、対話が増え、株式市場からも高く評価されるようになってきています。

本記事では、スポーツ・運動施策が生む多面的な価値を、データや事例をもとに解説します。

Section 1: なぜ今、企業が従業員の「運動」に取り組むのか?

企業が従業員の「運動」を支援するのには、いくつかの構造的な変化や問題が背景にあります。

日本の人的資本投資の遅れ

日本企業は過去30年、「人への投資」に消極的な傾向がありました。

デフレ下でのコストカットと終身雇用の維持が優先され、人件費や教育への投資が抑制されてきたためです。福利厚生としての健康施策もまた、コストとして低く見積もられてきました。 

その結果、日本の人的資本投資はOECD加盟国の中でも低い水準にとどまってきたのが現状です。

しかし、インフレが進む今、まさに人への投資を拡大させる「30年ぶりの転機」を迎えています。

運動習慣の実態:働く世代の7割が「習慣なし」

厚生労働省の調査によると、20代〜50代の働く世代で、1年以上継続して週2回以上・1回30分以上の運動をしている人は3割程度に留まっています。

つまり、働く世代の7割に運動習慣がない計算になります。

政策の後押し:健康経営・スポーツエールカンパニー

こうした状況から、経済産業省は「健康経営」を将来的な収益向上につながる投資と位置づけ、経営的視点から戦略的に実践することを企業に推進しています。

 またスポーツ庁も、従業員の運動習慣の定着を促進するため、「スポーツエールカンパニー」の認定制度を創設しました。これは、従業員の健康増進や運動習慣の定着を積極的に支援している企業を認定する制度です。2026年1月発表時点の認定企業数は過去最多の1,635社に達し、年々増加傾向にあります。

企業の取り組み実態

帝国データバンクの調査(2023年)によると、国の後押しもあり、健康経営に「取り組んでいる」と回答した企業は全体の56.9%(大企業1,000人超では82.6%)にのぼります。 

一方で、メンタルヘルス不調の従業員がいると回答した企業は2割超(大企業1,000人超では6割以上)に達しており、従業員のメンタルヘルス問題もまた、多くの企業にとって看過できない経営リスクとなっています。

Section 2:スポーツ習慣がもたらす心理的安全性と横断的コミュニケーション

では、具体的にスポーツの習慣は、どのような効果をもたらすのでしょうか?

心理的安全性とは何か?

「心理的安全性」は、ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンドソン教授が1999年に提唱した概念です。さらに、Googleの「プロジェクト・アリストテレス」でも、生産性の高いチームの最重要条件として確認されたことで、広く知られるようになりました。 

心理的安全性が欠けると、「無知」「無能」「邪魔」「ネガティブ」だと思われるという4つの不安から発言を控え、イノベーションが起きにくくなります。

 企業で仕事をする上で、心理的安全性は生産性を高め、イノベーションを生み出すために必要不可欠な要素なのです。

スポーツが「場の平等性」をつくる

運動と心理的安全性には、実は深い関係があります。

スポーツや共同作業イベントでは、役職・年齢・部署を超えてチームを編成することで、普段会話のない社員同士の自然な交流が生まれます。 そうした交流は、心理的安全性を高め、部署横断のコミュニケーションを活性化させます。 

スポーツは役職や部門を超えた「共通のアイデンティティ」「一体感」をつくる場として機能するのです。

チームビルディングとしてのスポーツの効果

さらに、スポーツはチームビルディングのために独自の効果をもつことが、研究によっても裏付けられています。

英国の研究(2017年)では、12週間にわたって職場のチームスポーツに参加した結果、参加者のメンタルヘルス指標の改善とともに、「チームの一体感」や「職場への帰属意識」の向上が確認されました。 著者らは「職場とは異なる文脈で、共通の目標に向かって協力する体験」が、通常の業務では生まれにくい信頼関係の構築につながると評価しています。

また大阪大学の研究者が日本の自動車メーカーを対象とした研究では、企業スポーツ活動への参加が従業員の「仕事への意欲」と相関することが示されており、競技の勝敗よりも「同じチームとして取り組む過程」そのものが、モチベーションに影響すると分析されています。

スポーツには、「役割を越えて同じ目標を目指す体験」を通じて、チームの結束力と職場エンゲージメントを同時に高める効果があるといえます。

スポーツエールカンパニー認定企業の声

スポーツエールカンパニー2025認定企業のアンケートでは、施策の効果として「健康を意識するようになった」に次いで「職場のコミュニケーションがよくなった」といった声があがっています。

さらに「業務効率が上がった」「企業イメージが上がった」という声も続き、直接的な効果だけでなく、複合的な価値が確認されています。 

また、スポーツ施策の目的としては、「従業員同士のコミュニケーション活性化」や「風通しのよい職場の風土づくり」が上位に挙がっていることから、社内のコミュニケーションの円滑化を期待してスポーツ施策を導入する企業が多いことがわかります。

Section 3:データで見る「従業員の健康」と「企業業績」の相関

次に、健康施策と企業業績の相関について、データで見ていきましょう。

PwCによるグローバル実証分析

PwCコンサルティングがグローバル企業279社を対象に、人的資本指標とPBR(株価純資産倍率)の変動の相関性を検証したところ、人的資本投資と企業価値には、明確な相関が確認されています。

  • 「社員1人当たり育成時間」が25%増加 → 3年後にPBRが約10%増加
  • 「女性管理職比率」が2倍に増加 → 3年後の2年間でPBRが10%増加

これまで定性的に語られてきた人的資本投資の効果が定量的に実証されたことで、投資への関心が高まっています。

人的資本開示スコアと株式リターンの関係

人的資本開示スコアと株式リターンの関係についての調査もあります。 

一橋大学や慶應義塾大学の教授陣と国内主要企業で構成される産学団体「人的資本理論の実証化研究会」の分析によれば、人的資本開示を充実させた企業群の株式リターン(年率平均)は17.2%となっています。開示スコアが下降した企業群(15.7%)や変化がなかった企業群(14.4%)を上回る結果となりました。

人的資本への投資の充実と、企業価値の向上という好循環が生まれやすくなることが分かります。

(引用)人的資本理論の実証化研究会「有価証券報告書における人的資本の投資対効果に関する開示レーティング ~ 日経225版 2024年3月期決算企業対象」レポート

運動と業務パフォーマンスの研究データ

次に、運動と業務パフォーマンスの研究データを見てみましょう。

Harvard Business Reviewの記事(2023年)によると、英国と中国の約200名の従業員を対象とした10日間の調査で、日々の身体活動が「翌日の仕事における生産性向上」に貢献することが明らかになっています。

睡眠の質や活力を高め、自己効力感が向上することで、タスクへの集中力、注意力、情報処理能力に好影響を与えていたとのことでした。 

また別の研究では、週1〜2回以上運動する従業員は、運動習慣のない従業員と比べて年間の医療費が約3万円(250ドル)低いという結果も出ています。

さらに、CDCの職場向け身体活動ガイド(2024年)によると、週75分以上の活発な運動をする従業員は、そうでない従業員に比べ年間平均4.1日欠勤が少ないというデータもあり、運動習慣と業務パフォーマンスには明確な相関関係があることが分かります。

健康経営のROI・効果指標

実際に日本で行われている健康経営の取り組みの効果もみていきましょう。 

帝国データバンクが行った「健康経営優良法人」認定企業を対象とした調査では、以下のような効果が実証されています。

  • 「企業イメージ・ブランド価値の向上」:54.1%
  • 「労働時間の適正化・有給休暇取得率の向上」:47.6%
  • 「従業員のモチベーション向上」:37.1% 

(引用)帝国データバンク「健康経営に関する企業の取り組み状況や 効果に関する調査分析」

健康経営への取り組みが「従業員を大切にする会社」というイメージづくりに、実際に効果を発揮している様子がうかがえます。

Section 4:先進企業の事例(社内イベントの工夫・オフィス動線デザイン)

では、実際に人的資本投資として運動施策を実装している企業の事例を見ていきましょう。

社内スポーツ・運動イベントの事例

まずは、社内スポーツや運動のイベントで、従業員の健康増進と職場コミュニケーション活性化を両立している事例です。

  • 【PUMA:スポーツブランドが体現する「動く職場文化」】

PUMAでは「WELLBEING AT PUMA」という取り組みのなかで、社員のウェルビーイング施策の一環として、社内スポーツイベントやフィットネス活動を定期的に実施しています。

運動を通じて、健康促進だけでなく、部門を越えたコミュニケーションの活性化もはかり、ブランドの中核である「スポーツの力」を、社内文化としても体現している点が特徴です。

(引用)Pumaウェブサイトより

https://about.puma.com/en/careers/working-at-puma/wellbeing

  • 【ビッグローブ株式会社:ウォーキング+テクノロジー連携型】 

2024年にスポーツエールカンパニーに認定された同社は、全社向けウォーキングイベントや運動を促す施策を実施しています。 

社員の約半数が参加するウォーキングイベントでは、チーム対抗で歩数を競い合うなど、健康増進と職場コミュニケーション活性化を両立しています。 

(引用)ビッグローブ株式会社ウェブサイトより

https://style.biglobe.co.jp/entry/2024/02/07/100000

  • 【ホダカ株式会社:自転車通勤の推奨】

自転車メーカーならではのサイクリングを中心にした取り組みです。

「サイクリング文化の推進」を理念に、社内向けのサイクリングデーの実施、自転車通勤の推奨やポイント交換などを行っています。 

(引用)ホダカ株式会社ウェブサイトより

社員が日々自転車に触れる機会を設けることで、自社事業へのフィードバックも生まれ、また社員の健康の増進やコミュニケーションの活性化にもつながっています。 

https://www.hodaka-bicycles.jp/activity

  • 【株式会社アシックス:ASICS Well-being活動】 

「Sound Mind, Sound Body」をスローガンに、健康推進活動を進めています。

健康白書の発行・公表、全社参加型のウォーキングイベントの実施、独自開発のアプリによる健康増進の支援から、ヘルスリテラシーの向上まで、多岐にわたる取り組みを行っています。

(引用)株式会社アシックスウェブサイトより

https://corp.asics.com/jp/csr/health/wellness

オフィス動線デザインで「日常の運動」を生む

運動やスポーツを意識的に取り入れるだけでなく、オフィスそのものを「体を動かしやすい環境」にデザインする取り組みも広がっています。

  • 【設計思想の変化ーー「静」から「動」へ】 

研究では、複数階にまたがる多層構造のオフィスは、フラットなフロアよりも自然な運動量増加につながるという報告もあり、オフィスデザインに階段の利用を自然に促す工夫も出てきています。 

例えば、エレベーターではなく階段への動線誘導、階段の視認性を高める、中央配置にするといったデザインを取り入れることで、効果が上がることがわかっています。

 歩行は交感神経を活性化させ眠気を解消し、知的生産性を向上させる効果が実証されており、自然とオフィス内を歩行する機会を創出することは、従業員の健康増進と業務パフォーマンス向上につながるという考えです。

  • 【Lendlease Sydney office】

オーストラリアの大手不動産開発会社、レンドリース社のシドニー本社ビルでは、階段をメインルートに設計し、エレベーターを補助的な位置に配置しています。

その結果、階段利用率が大幅に向上したといいます。 

(引用)Hassell「Lendlease Global Headquarters」https://www.hassellstudio.com/project/lendlease-global-hq

  • 【Googleplex】

Googleの本社「Googleplex」では、広大な敷地の「動線の中」に、自転車・ウォーキング用の道、卓球台、フィットネス設備を配置し、あえて最短経路より歩く・動くルートを選ばせる工夫をしています。

(引用)Google Visitor Experience

https://visit.withgoogle.com/intl/ja_ALL

  • 【株式会社イトーキ】 

特別なことをしなくても仕事を通じてより健康に働ける工夫を提案するのが、株式会社イトーキ。

「Work」と「Exercise」を組み合わせた「Workcise(ワークサイズ)」という概念を提唱しています。特別な運動をするのではなく、立ったまま仕事をしたり、歩きやすいオフィス環境を整えることで、自然と健康になるソリューションを提案しています。 

(引用)株式会社イトーキウェブサイトより

https://www.itoki.jp/special/workcise/index.html

まとめ

「健康施策はコスト」という認識は変わってきています。

データが示すのは、従業員が「動く」職場には、想像以上の効果があるということです。

スポーツや運動を取り入れることで、従業員の体調が良くなり、コミュニケーションの活性化や、パフォーマンスの向上といった効果が期待できます。

それは、中長期的に見ると人的資本の活用を促進し、そして株式市場からも正当に評価されるという循環を生むことがわかってきました。

 人的資本経営の本質は「人を資産として管理すること」ではなく、「人が最大限に力を発揮できる土壌を整えること」にあります。

そしてスポーツは、その土壌を耕すもっともシンプルで、もっとも人間的な手段の一つなのかもしれません。


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「健康経営が重要なのは分かっているが、何から始めればいいか分からない」 そうした声は少なくありません。 

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