出会う人たち、みんなで幸せに——アミューズ佐藤大地さんと瀬戸内プロジェクト

組織やプロジェクトが目指す夢を紐解いていく、「ブランドの夢」シリーズ。今回は瀬戸内で出会ったストーリーをお届けします。

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「会社としては違和感があった。でも、言っていることに違和感はなかった」

株式会社アミューズで「瀬戸内プロジェクト」の現場統括を担う佐藤大地さんは、そう言って静かに笑いました。 

元市役所職員が、なぜエンタメ大手の地域事業を率いることになったのか? 

瀬戸内の小さな島で、何を作ろうとしているのか?

話を聞くほどに、「当たり前」という言葉が輝いて見えてきました。


プロフィール 

佐藤 大地(さとう だいち)

株式会社アミューズ 瀬戸内プロジェクト部長・現地統括。 北海道出身、宇都宮育ち。教育学部で自閉症研究を学んだ後、宇都宮市役所に18年勤務。

2022年よりアミューズに参画し、豊島(てしま)を拠点とした地域活性化事業に取り組む。


北海道の原点と、山と向き合う日々

——まずは佐藤さんのことを教えてください。どんな環境で育ったんですか?

出身は北海道です。父親が北海道出身で、小樽の駅前に三角市場という古い市場があるんですが、そこで魚屋や食堂をやっていたのがルーツですね。

次に宇都宮に引っ越しました。父親の仕事の関係で。

父親は会社を経営しているのですが、老人ホームや保育園、あと障害のある人との事業をやり始めたんです。

バブルの時代に生まれたんですが、うちは全くバブルを味わわない家庭で(笑)。 

それで遊びといえば山やキャンプ。ツクシやタラノメを採って食べて、イナゴも自分で佃煮にしていました。

——それは豊かな環境ですね!

そうなんです。あとで気づいたことですが、親が「好きにさせてくれた」んですよね。

おもちゃはなかったけど、穴を掘って秘密基地を作ったり、自分でなんとか楽しみを見つけるのが当たり前でした。

——今でも続けている趣味などはあるんでしょうか?

山登りが、もう自分と向き合える唯一の場所というか。 

登りながら、目の前の人とどうコミュニケーションを取るべきかとか、自分は本質的に何がしたいのかとか、黙々と禅問答するんです。

登っていて、人の力で景色が変わっていくことに感動もします。時間をかけると景色が変わる。

山の上って時間の流れも変わりますよね。 

葉っぱが細かくパタパタ動いているのも、山の上からだと全部ゆっくり見えてくる。

そこで、自分が捉えるべき時間ってどういう時間なんだろうって、冷静になれる感じがしますね。

——ちなみに、一番好きな山は?

一人で登るなら安達太良山ですね。

子どもができてからは、那須の朝日岳を一緒に登ったり。自分が子供の頃に連れて行ってもらって気持ちがよかった八ヶ岳とか。

ただ……瀬戸内に来てから目の前に山がないので、それが少しストレスです(笑)。

——最初と最後にお伺いしているのですが、佐藤さんにとっての「夢」はなんでしょうか?

そうですね。

自分が出会う人たちとか、自分が知っている人たち、みんなで幸せになりたい、というのが根底にあるのかなと思います。

行政から地域へ——違和感から見えた「曖昧な境界線」

——大学では自閉症の研究をされていたんですよね。

大学では教育学部で自閉症の研究をしていました。

研究で実際に自閉症の双子とお母さんに出会って、毎日必死な生活を送っている姿を見て、全く知らない世界を知ることができました。

さらに、彼らと毎日向き合うことができたんですね。

そのなかで、人のエネルギーには色々な形があるし、それぞれに選択肢や小さな幸せのかたちもあるんじゃないかと思ったんです。

自分は、何百万人という人の幸せを一度に考えるよりも、一人ひとりと向き合える仕事がしたいと思って。 先生になりたいと思ったんです。

——そこから働く場所として市役所を選んだのはどんな流れで?

先生になりたいと思ったんですが、社会人経験がまったくない自分に気づいて。

アルバイトしかしたことがないまま先生になっても、子どもたちに何も伝えられないなと。

いろんな職種に関われると聞いて、宇都宮市役所に入りました。

——最初の配属が面白かったそうで。

主税課で、税金の取り立てをしていました(笑)。 

その後、宇都宮駅前の開発、経済部で産業育成、大谷エリアの地域活性化……いろんな部署を経験させてもらいました。

——18年間いた市役所を離れたきっかけは何でしたか?

18年くらい市役所で働くなかで感じたのは、行政と民間の間に、明らかに「線」があるんですよね。 もちろんすべてを適切には把握できてたわけではないと思うんですが。

行政の立場だと、役割はここまでだというところがあり、それでも地域に住むというのはそれだけではない。

商店や農業をやっている人とか、みんなが協力して成り立つようなもので、もっとその「線」は曖昧な気がしていたし、地域と本気で向き合うには、長い年月かけて向き合うべきじゃないかと。

行政のこのやり方で、自分が40代、50代、60代になった時に、地域でどう生活しているんだろうと想像した時に、ずっと違和感があったんですよね。

民間だけでもできないとは思っていたんですが、そのタイミングでアミューズの方々と出会って。

「瀬戸内プロジェクト」に関わることになるんですが、きっかけとなった担当役員が話していたのは、なんかこう、もっと「曖昧」なんですよ。

行政でも民間でもなく、地域に魅力を感じるという理由で関わっていく。そのスタンスがすごく共感できて。

——でも、アミューズという会社自体には違和感もあったんですよね?

そうです(笑)。

会社としては、自分が一番合わなそうなところに入ったんじゃないかって。

「曖昧」という言葉は、会社のイメージからは違和感のある言葉でした。

でも言っていることに違和感はなかった。

誘ってくれた役員達が話す言葉は、常に「地域」とか「島の人たち」が主語なんです。自分が軸の言葉じゃない。 その地域へのリスペクトがある。

その上で、行政とか民間とか、そういう境界線がないんですよね。

その場所が好きだから、立場は関係なく、どう形にして、どう人を巻き込むか、その場所にもっとフィットしていろんなことをやっていきたい。

ここでは、人と一生付き合えそうだなと思えたので、それが決め手でしたね。

瀬戸内プロジェクトの始まり

——改めて、瀬戸内プロジェクトとはどんな取り組みですか?

瀬戸内海の小豆島とアートの島として知られる直島の真ん中あたりに「豊島(てしま)」という小さな島があります。

そこを舞台にして、日本の地域にはまだまだワクワクすることがたくさんあるし、その地域から、そこに住む人たちと、世界の人々とつながるビジネスを作っていくプロジェクトです。

平たくいえば観光業ですが、ただ観光客を呼ぶということではなくて、その地域らしくやっていくという。

——最初はどんなことを?

最初は、豊島で昔から紡がれてきた「立体農業」と呼ばれる循環型の農業の再生に携わらせてもらったのが始まりです。

島民の方から教えていただきながら、ゼロから神子ヶ浜(みこがはま)ファーム(農場)の再生に取り組みました。

数字ではわからない地域の「豊かさ」と「伸びしろ」

——最初にファームの再生があったんですね。

はい。豊島は本当に小さな島で、数字だけで評価しようとすると、人口減少だとか、高齢化しているとか、どちらかというと課題とされるような場所に見えると思います。

人も少なかったですしね、本当に。

でも住まわせてもらって、島の人たちと出会って、一緒にご飯を食べさせてもらって。 島の生活を教えてもらう中で、自分たちがやりたいことがすごく明確になりました。

日本の日常とか地域の生活って、自分たちの知っている数値で考える豊かさとか評価とは別の、伸びしろがたくさんあるなと。

伸びしろは自分たちの知ってるネットワークだけで事業にしていこうとすると、持続性の部分では難しさがあると感じています。 その伸びしろを世界の人と向き合いながら、世界の人に知ってもらうような、それを「観光」というツールでやっていこうというのが、このプロジェクトだなと思っています。

その中で、ファームの次に、島の日常を食を通して知ってもらう場所として「Teshima Factory(豊島ファクトリー)」ができました。

<URL: https://www.instagram.com/teshimafactory/

——島の日常を観光で来る方たちに紹介した最初の場所が「豊島ファクトリー」なんですね。

はい。ファームは観光向けではなく、農業という生業は生業のまま残したいんですよ。

地域の生業という本質の部分は必死に持続させながら、選りすぐりの良い部分を観光で紹介する。

やっぱり本質はちゃんとやりたいので、そういう整理になりました。

ファクトリーという名前も、色々議論があったのですが、島の大好きな人が船などを直していた工場だったので、その匂いをどうしても残したくて。

——ビールも作っているんですよね。

去年の7月から作り始めています。 「普通のビール」を作るっていうのがこだわりです。

——「普通」のビール、ですか?

はい。わかりやすく言うと、豊島の人たちが毎日飲みたいと思ってくれる普通のビールを作る、ということです。

ビール作るにあたって、島の人に豊島ってどういう特徴がありますかって聞いたんですよね。 その時に、いや、そんな特徴ないよって皆さんから言われたんですよ。「普通」だって。 で、確かになと思ったんですよ。

島の人たちが農作業とか終わった後にパーっと飲んでくれるような、 そういう普通さを島に来た人たちに豊島らしさとして知ってもらえたらいいなと思って。

それが「Lull(ルル)」というビールです。 フランス語で「穏やか」や「凪」という意味があります。

<URL: https://www.asmart.jp/shop/teshimafactory> 

他にも、自分たちなりの個性も少し出したいので、島で取れた塩とか、季節によっての柑橘とか、そういったものを入れた新しいラインナップも毎月出しています。

季節ごとにいろんな植物だったりとか生き物がいるので、アーティストに描き留めてもらっていて、ラベルのデザインとして使わせてもらったりもしています。

普通のビールと島の個性のあるビールを作っていくというスタイルですね。

街に溶け込む宿と、井戸端会議 ー島の日常と、旅人の非日常が、境界なく溶け合う瞬間。

——今、一押しの取り組みを教えてください。

今年の春に新たにホテルをオープンするんです。それが「ホテル聚(しゅう)」です。

12室の宿泊施設なんですが、普通の宿泊施設に泊まってもらうのはなんかちょっと違うよね、となりまして。

<URL: https://hotel-shu.com/

——どんなコンセプトですか?

豊島に泊まることの一番の価値って何かを考えたときに、「日常の豊かさ」だなと思ったんです。

朝起きたときに船の音で時間がわかるとか、 散歩していたら毎日夕日の場所が変わっていくことに気づくとか、 そこで花を摘んでいるおじいさんおばあさんを見かけたりとか。 

歩いている途中で声をかけられて、その家に飲みに行くとか……

——日常の体験ですよね。

はい。そうなんです。

それぞれの家の香りがしてくるとか。実際に薪風呂の家もまだまだあるので、夕方になると煙がもくもくしてくるとか。

今まで自分が住んでた場所では、そういうことが匂いとして見えてこなかったけど、 豊島では人それぞれの日常が見えてくるし、毎日色々な匂いがあることが、すごく面白いし、豊かだなと思っていて。

そういう「日常の豊かさ」に泊まってもらうことだと思ったんです。

なので、普通の大きな建物を建てて、そこに泊まってくださいだと、やっぱり島の日常とはちょっと違うよね、と。

だから建物も、島の人たちが「あれ、この道、元々あったっけ?」と思うぐらい自然に馴染む設計にしました。

屋根の高さも、建物の向きも、周辺の家をすべてリサーチした上でバラバラに作っています。

——均一に作った方が経済的なのに、あえて一棟一棟違う設計にしているんですね。

そうです。建物が街に溶け込むことで、観光で来た人たちが島の人の日常に触れられる。

境界線ができてしまうと、泊まった人たちが島の日常に触れられなくなるんですよね。

——どれに泊まろうかなって、選びたくなりますね。

そう思ってもらえると嬉しいですね。

共有スペースには「シェアリビング」を設けています。泊まった人と島の人たち、みんなが使えるリビングになるように。

スタッフが常駐していて、島の人との橋渡し役となって、島の人たちと料理教室をしたり。 ただ同じ空間にいて、それぞれ本を読んでいたり。

コミュニケーションまではいかなくても、それぞれが過ごしやすい、たまり場的な場所になればいいなと思っています。

——先行してオープンしている「豊島ファクトリー」でも、似たような光景が見られたとか。

そうですね。島の人たちは井戸端会議ってよく言うんですけど。

ある時、島の人たちの井戸端会議に、ソファエリアでお酒を飲んでいた海外のゲストたちが「あれは何をしているんだろう?」って自然に交わっていって(笑)。

それが、まさに私たちが求めていることなんです。 島の日常と、旅人の非日常が、境界なく溶け合う瞬間。

——どんな人に来ていただきたいですか?

シンプルですけど、豊島のファンになってくれる人に来てもらいたいですね。

今は欧米やオーストラリアから来てくださる方や、アートが好きで瀬戸内国際芸術祭をきっかけに来てくださる方が多いんですけど。

やっぱり島の魅力って、時間の流れ方とか、自給自足に近い生活っていう部分だと思うんです。

そういうところを崩すと豊島らしくなくなるなと思っているので、そこには丁寧に向き合いたいなと思ってます。

——ホテルも12室と、人数も限られる設計ですもんね。

はい。大規模にどんどん人が来てもらうとか、そういう場所ではないと思っています。

アクセスも良くないですし、必死に来ていただく場所なので、ファンになって帰っていただけたら嬉しいです。

——ずばり、豊島の魅力って何でしょうか?

いろんな視点があると思うんですが、私にとっての魅力は、豊島ってめちゃくちゃ小さな変化をちゃんとしてるんですよね。

いろんな変化をしながら、でも豊島らしくちゃんと持続している。 変わらないっていうか、変わりながら変わらない。 なんかそこが面白いんですよね。

自給率90%超え——島の「普通」が世界の理想だった

——豊島のサステナビリティについても聞かせてください。

住んでみて一番驚いたことが、豊島ファクトリーで島の人たちの生活を真似させてもらっていたら、自給率が高い時で90%を超えたんです。 

島にはコンビニもスーパーもありません。でも、あるからいらないんですよ。

——どういうことですか?

農業も漁業も、一年間食べたいものを考えながら育てているんです。

でも、それって昔の人の当たり前の生き方なんですよね。

「わざわざ島の外まで必死に買いに行くより、あるもので暮らす方がいい」って島の人は言う。それが一番自然なことだって。

でも、野菜や魚はあるけれど、肉はないですよ。 

だからといって見えないところから買ってこないです。

どうしても足りないものは、船で30分のところまで買いに行く。

——本当に足りているんですね。

そうなんですよ。それが一番。

島の人の言葉としては、それが一番普通だよね、ということなんですけど。

そこには結構驚愕しましたね。

——パーマカルチャーというと海外に学びに行くイメージですが。

まさか目の前にそういうものがあるんだと思いました。豊島にはあったんです。

知識も技術も、一人一人が持っている。自給自足っていう言葉ともちょっと違う、少しずつ変化しながら日常の豊かさがずっと続いている場所なんです。

豊島は日本の地域の在り方のヒントになる気がしているんです。 

おこがましいんですが。当たり前がちゃんと当たり前であり続けるようなイメージなんです。

※パーマカルチャー:自然の仕組みを活かした持続可能な農業・生活デザインの考え方

——将来はこのプロジェクトはどうなっていくイメージですか?

まずは豊島に軸を持って、三年から五年はちゃんとやっていくっていう形ですね。

十年後は、もう少し周辺との関わりを持ちながら、日本や豊島といろんな場所をつないでいくようなプロジェクトにはなっていきたいと思います。

スタッフも日本人だけじゃなくてフィンランドや台湾の人たちもいるので、それぞれの経験値やネットワーク、歴史的な背景の中で広げていけたら。

世界の人と観光を通じつながる、で、その日常を持続させていく。

日本を訪れた人たちがもっとワクワクできる。

そういういろんな地域と一緒につながりながら、作っていくというのがプロジェクトの核になっていくと思います。

「自分の人生で出会える人数の限りがある」——これからの仲間と夢

——今後、仲間を増やしていく予定はありますか?

募集はしています。

ただ、公募はしていないんです(笑)。 紹介でつながった人たちから広げていきたくて。

——なぜですか?

目の前の人と必死にコミュニケーションを取るのって、お互いにすごく時間とエネルギーがかかるじゃないですか。 

自分の人生で出会える人数には限りがあると思っていて。 

幅広く募集して、コミュニケーションをとるやり方では、その人の本質を自分たちが捉えきれないことがあるなと思っていて。 

そういうスピード感は、豊島には合わないなと。 むしろ、太一さん(インタビュアー)のように、出会わせてもらった人たちのネットワークから、島にとっていい出会いが生まれていく方がいい。

——スタッフにはすでに海外の方もいらっしゃるんですよね。

フィンランドの方が一人、台湾の方が二人います。会社の縁で繋がった方で、ワーキングホリデーで来てくれて社員になってくれた方も。

今年はアメリカからインターンシップで来てくれる方もいます。

みんな、めっちゃ溶け込んでいます(笑)。

興味がある方は、ぜひいらしていただいて声をかけていただけると嬉しいです。

——最後に、改めて夢を聞かせてください。

最初に言った言葉と同じになりますが、自分が出会う人たちみんなで幸せになりたい、地域の人たちとか、周りの人たちと一緒に作っていきたいということです。

ただ、そこにちゃんとビジネスが繋がる仕組みを作りたい。行政にも、民間にも、まだできていないことだと思っているので。

自分たちに期待してくれている島の方々は、もう70代を超えた方ばかり。その方たちを巻き込んだ限りは、持続させていきたいです。

おわりに

「変わりながら、変わらない」

インタビューを終えて、何度もこの言葉が頭に浮かびました。佐藤さんが豊島に見ているものは、島の人たちが長年紡いできた「当たり前の日常」を守りながら、少しずつ世界と繋いでいくこと。それが、彼の言う「本質」だと感じました。

豊島ファクトリーで偶然交わった島の人と海外から来た旅行者。農作業の後に飲む一杯のビール。街に溶け込んで存在するホテルの小さな部屋。

その一つ一つが、あの島の「普通」の豊かさを世界に手渡すための、佐藤さんたちの丁寧な仕事なんだろうと思います。

山の上では時間の流れが変わる、と彼は言いました。豊島も、きっとそういう場所なのかもしれません。

あなたも一度、その「普通」に触れに行ってみてはいかがでしょうか。


インタビューアー:市川 太一

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