私は幼少期をセネガルにある電気のない村で、その後は郊外の町のはずれで過ごしました。ここは夜の暗闇は当たり前で、物が足りないことも日常茶飯事の場所です。そんな私の学生生活では学校が終わると、商売をしていた母を助けたり、教師である父の教材を整理するのを手伝ったりする毎日でした。また、友人たちと時間を過ごし、授業内容を互いに教え合うことにも積極的に取り組んでいました。こうした環境が、限られた資源を工夫して活用する力を私に教え、困難に立ち向かう力を育んでくれたのだと思います。そして、誠実さを何よりも大切にする価値観も身につきました。これらの価値は、私の幼少期を形づくり、人格や意思決定、そして職業倫理の基盤となっています。
セネガルで育つ中で、私は農業が単なる経済活動ではなく、「生きるための営み」であると捉えるようになりました。ある日、一人の農家が言いました。「雨は農家へ補助金が行き渡ることを待ってはくれない」と。この言葉は私の心に深く残り、農業金融に対する見方を大きく変えました。西アフリカでは、農業はリスクの高い分野と見なされており、その結果、資金へのアクセスは極めて限られています。特に、教育へのアクセス不足やデジタル・リテラシーの低さが大きな障壁となっているのです。

こうした課題を受けて、私たちは農家のために、農地データ、貯蓄履歴、圃場情報などを用いたシンプルなデジタル・プロファイルを作成する仕組みを立ち上げました。これにより、金融機関は農家の状況をより正確に理解し、最も必要なタイミングで融資を行うことが可能になります。私の夢は、すべての農家が不必要な障壁に阻まれることなく金融サービスにアクセスし、生産性を高め、家族を支えられる世界を実現することです。

その道のりでは、さまざまな課題にも直面しました。最初の課題は電力でした。多くの農村地域では安定した電力がなく、この問題に対応するため、私たちは太陽光エネルギーのスタートアップと連携し、プラットフォームと併せて電力ソリューションを提供しました。また、私はITエンジニアとしての専門的なバックグラウンドを持っていなかったため、AIの専門家と密に協力することも不可欠でした。
しかし私は、単にお金を直接渡すだけでは、持続的な解決にはならないことに気づきました。初期の段階では、資金へのアクセスさえあれば農家の生活は変えられると信じていたのです。しかし実際には、一部の農家が農業資金を、差し迫った個人的な生活費に使ってしまうケースもありました。当初は、私たちのモデルが失敗しているのではないかと不安になりましたが、時間とともに、本質的な問題が見えてきました。それは、生き延びることに必死な状況では、指導や支援がなければ、お金だけでは構造的な問題は解決できないということです。この気づきは大きな転機となり、私たちは農家を金融機関につなぐだけでなく、種子や農業資材の提供、教育、モニタリング、フォローアップまで含めた支援を行うようになりました。この経験を通じて、真の影響力とは資金を配ることではなく、人々が資源を効果的に活用できるような仕組みを構築することだと学びました。
持続可能な仕組みを築くまでには、多くの課題や失敗の連続です。しかし私は、失敗を恐れるべきではないと信じています。なぜなら、失敗は他では決して得られない学びを与えてくれるからです。数々の困難にもかかわらず、私たちはこれまでに5,000人以上の農家を支援し、農場の管理改善、生産性向上、そして生活の質の向上に貢献しました。
今後は、このモデルをアフリカ全体に拡大し、金融機関との信頼に基づくネットワークを築いていきたいと考えています。「誰もが、自分のコミュニティ、そして世界に対して価値あるものを提供できる存在である」と私は信じています。
彼とはミュンヘンで開催されたOne Young World Summit 2025以来でしたが、インタビューをさせていただき、心から光栄に思います !彼の周りを巻き込むコミュニケーション能力、リーダーシップ、そしてグローバルな課題に対する鋭い問題意識に感銘を受けたことは、国際課題を日本で学んでいる大学生の私にとって、「世界とどう関わるか」を考え直すきっかけにもなりました。彼は現在、UNESCOユース・アンバサダーおよびOne Young World Summitアンバサダーとして、より強く確かな食糧網の構築に向けて世界各国との対話に日々取り組んでいます。
( 取材・執筆 : 田代 明衣 )
